「林業を通した未来の世代への恩送り」-汗と願い、祈りでつないだ10年-

東日本大震災が発生した2011年の12月に立ち上がった特定非営利活動法人吉里吉里国(以下、吉里吉里国)。創設者であり、現在理事長を務める芳賀正彦さんは自身も東日本大震災で被災し、家は全壊、全ての物を失いました。避難生活を送る中で、吉里吉里国を立ち上げ、林業を通して地域の復興を支えて来ました。

FIDRは岩手県大槌町吉里吉里の避難所へ支援物資を届けたときに、芳賀さんに出会いました。芳賀さんにこの10年間を振り返り、復興にかける想いを伺いました。

残された森と生きる

福岡県出身の芳賀さんは、50年近く前に奥様の実家である吉里吉里に移り住んできました。芳賀さんの生活が一変したのが、東日本大震災でした。町は、津波に飲み込まれ、最後の波が引いた時には、廃墟と化していました。 

最後の波が引いた午後4時頃、芳賀さんは避難所の小学校で300名程の住民とともに変わり果てた町を見下ろしていました。芳賀さんは「何かしなくてはいけない」という思いで、次の日の朝暗いうちから、がれきの山の中に飛び込んでいきました。まだ自衛隊や外部からの支援も来ていない中、住民一丸となって、行方不明者の捜索を始めました。

がれきの中で見た犠牲者の姿は、とても言葉では言い表すことができないと言います。疲れて避難所に戻って眠ろうと思っても、その犠牲者の姿が浮かんで眠ることができない日が続きました。
 

ある夜、みぞれ雪が吹き荒む町を芳賀さんが一人で歩いていると、どこからか人の声が聞こえてきました。だんだん近づいていってみると、70歳から80歳ぐらいのおばあさんが、まだ見つからない大切な家族の名前を呼び続けながら、瓦礫の山の中をさまよい歩いていました。そのおばあさんの背中を見て、声をかけることもできなかったといいます。

 

目の前で泣き叫ぶおばあさんや瓦礫の中で無残な犠牲者の姿を見て、芳賀さんの心は揺さぶられました。まだ、瓦礫の中に息のある人がいるかもしれないと思って、芳賀さんは必死に捜索活動を続けました。理屈ではなく自然と体が動いたと言います。

 実家の九州に帰れば、温かく迎えてくれる兄弟たちがいました。それでも、芳賀さんは妻そして娘とともにこの町に残り生きていくと決めました。

「全てのものを失いました。しかし、集落を囲む山が全く同じ形で残っていました。山しか生き延びるすべはないと思いました。」

 

吉里吉里では、森林の8割近くを漁師が所有しています。今から60年以上前に、先人たちが苗木を購入して、植林したものが大きく育って山になっています。荒廃していたものの、漁師の汗が染みこんだこの森で生きていこうと芳賀さんは決めました。

未來の世代につないでいく

201112月には特定非営利活動法人吉里吉里国を立ち上げ、それ以降森林の保全や雇用機会の創出を行っています。 

最初の1,2年は林業をやっていましたが、2年目に入ってから、芳賀さんはこのまま山の恵みを使うだけでいいのかという疑問を抱きはじめました。山や森を再生させるのに、それを担う人材を育てなければならないと気づきました。

「自然というのは、海も山も森も川も、きちんと手を施す必要があります。今の子どもたちに林業に親しんでもらえるように、法人設立から2年経った頃から次世代を創るための人材育成事業を始めました。今もメイン事業として続いています」

 

現在は、企業の社員研修として、新入社員も受け入れています。コロナ禍の中でも、オンライン形式に変えて継続しています。その時に芳賀さんは「恩送り」という話をします。

 

「林業では、間伐の作業があります。私たちが切る木は見向きもされない死材です。山にほったらかしにされているような木だけを間伐して、太陽光を差し込ませるようにし、その切った木から薪を作って、最大限有効活用しています。私たちは、先人が60年以上前に汗して植林したその恩恵を受けています。先人に『恩返し』はできないのですが、その恩をそのままそっくり、今の被災地の人たちに『恩送り』をしようと思っています。私たちが流した汗には対価を求めていません。そのままこの町を担う次世代の子どもたちが、森を使えたらいいのです。そう思って活動しています。」

 

そのように芳賀さんはこの町に住む人たちに寄り添いながら、活動してきました。今年、吉里吉里国を立ち上げて10年目を迎えます。芳賀さんは「この町は住民の願いが込められて作られた町なのです。汗と願いと祈りでつないだものが本物の町です。」と語ります。

捨てる神あれば拾う神あり-今の自分を支える原動力-

夏の炎天下の作業はたちまち体力を奪い、30分で足腰が動かなくなることも少なくないと言います。そんな時、芳賀さんは木立の下に腰を下ろして、空を見上げるようにしています。空にいる犠牲者を思うと、心を揺さぶられ、また歩き出せます。

「捨てる神あれば、拾う神あり。捨てる神は震災の大津波だったのかもしれません。でも、新しい私を作ってくれたのも大津波だったのかもしれないです。」

 

「震災から10年、これまでやってきたことに憂いなどありません。ただ、誠実にやっていくだけです。山や森を守る。そこに暮らす人たちと一緒に汗をかいて頑張っている。こんなやりがいがある仕事はありません。犠牲者の方の想いを宝物のように背中に背負っていると思い、感謝し続けています。私は今幸せです。」

芳賀さんのおすすめ!薪まつり& 体験イベント



薪まつり

年に1回秋に開催される薪祭り。毎年500名程が参加する大きなイベントです。薪割り体験ができる他、森で取れる薪で焼いたピザが振舞われます。

今年は1030(土)、31日(日)開催予定です。 

コロナが落ち着いたら、ぜひいらしてください!

薪割り体験 & 震災講話

芳賀さんの作業場を訪れ、薪割りを体験することができます。薪割りの後は、芳賀さんの震災講話を聞くこともできます。

海が見える大自然の中で、森林保全の体験と地方創生の取り組みを学ぶことができる貴重な機会です。